ようやく、手にした1冊

昨日、24日に店頭に並ぶ新刊が一足早く届きました。

『「心の除染』という虚構

〜除染先進都市はなぜ除染をやめたのか』

手にとってもらえるとわかりますが、

かなりボリュームのあるものになってしまいました。

テーマがテーマだし、タイトルも堅そうだし、

読んでもらえるかなーーと正直、不安です。

そうなんです。ようやくこうして形になったというのに、

喜びとは程遠い感情しか湧いてこなくて、自分でもよくわからなくています。

 

一つだけ、はっきりと思うのは、

これですべてではないのですが、

伊達市という土地に育んでもらえた一人の人間として、

自分に課した、ささやかな責務は果たせたのかなと。

 

「はじめに」に、こう書きました。

「私はこの土地で『子ども』として生き、育んでもらえたが、

大学進学のために18歳で故郷をでて以来、『大人』として

地域のために何か関わった経験はない。

もちろん、何度も帰省している。でもそれは、ただのお客さんだ。

こんな自分が故郷を書くなどできるのだろうか。あまりに、

おこがましく、何度自問自答したことだろう」

 

ここからのスタートでした。

そうであっても、原発事故以来ずっと「痛み」がありました。

分析しようがない、その感情こそ、

放射性物質で汚染され、取り返しのつかない姿となった故郷に向き合い、

そこに生きる人々の姿を伝えようと思った源だったのかもしれません。

 

決して、故郷を思う「感傷」が、

この本の主旋律なのではありません。

たまたま伊達市という故郷が何の因果か、

原子力を推進したい勢力にとって、都合のいい実験場とされたという事実。

このような自治体で、子どもを守るという曇りなき一点の思いさえ、

理不尽な壁にぶち当たるという「現実」を、

全国の皆さんに知ってほしいと強く思いました。

国や県、市町村という行政が非常時には、何を守るのかを。

その「本質」が、伊達市の5年半にくっきりと浮かび上がります。

 

「私たち、好きで浴びたわけじゃない。

低線量被曝がどんな影響を与えるか、誰もわからないという。

その中で前向きに生きろ、病気になっても誰も責任を取らないって、

無理でしょ。リスクは私たちに振って。

普通に生きててもガンになるって、バカにしてる。

食べ物でガンになるのは自分の責任、でも原発は私の責任じゃない」

 

この母親の言葉が、どんな状況下で発せられたのか。

同じ小学校・中学校に、避難していい=守ってもらえる子どもと、

避難しなくていい=守らなくて大丈夫という、

2つの子どもが国によって作られようとしている、

その直前のことでした。

心からの叫びは何度も何度も踏みにじられ、

そうして子どもばかりか、地域もズタズタに分断されたのです。

国や伊達市がやったことは、住民を分断して統治すること。

子どもを守るためでは決してなく。

逆です。子どもを、伊達市から逃がさないために。

子どもがいなくなれば、伊達市が無くなるから。

このような不当な差別、人権侵害を貫く制度=「特定避難観賞地点」を、

「過去のもの」として終らせていいと、私は決して思いません。

 

「除染」についても、

法の下の平等に反する、<伊達市オリジナル方式>が作られました。

同じ自治体に住んでいながら、境界線一本で、

こっちは生活圏全てが除染されているというのに、

こっちは「必要がない」と放射性物質が降ったままに放置されるという、

異常事態を住民は強いられました。

市長は、不安に思う「心」をこそ、除染すべきだと言うわけです。

このような不合理を住民に呑ませるために、

伊達市が水面下で姑息な策を弄していたことを、

情報公開請求で暴くことができました。

 

子どもを守りたいというただ一つの思いを、

ひねりつぶそうとする大きな力に対して、

この本がどれほどの対抗力と成り得るのか……。

難しいことは火を見るよりも明らかだとしても、

ささやかすぎる抵抗であることを重々承知のうえで、

私は、この1冊を全国の人々に届けたい。

手にとってください、ページを繰ってくださいと。

どちらが真っ当なのか、それもまた火を見るよりも明らかだから。

強さや経済力を根拠とする側にではなく、

私は真っ当な側にこそ立ちたいと思う訳です。

 

それにしても、自信がなくなったり吠えてみたり、

揺れ動く心はきっと故郷という、切っても切り離せないものを、

書いてしまったという、初めての経験のせいかもしれません。

私が実家と完全に縁が切れたのは、この原発事故が契機でした

このような私的事情はともかく、取材のたびに、

身を切られるような思いにのたうち回ったことも事実です。

「なんで私は実家でなく、見ず知らずのビジネスホテルにいるんだ?」

正直、ひどく苦しかったけれど、でも今はもう、なんの痛痒も無くなりました。

私にはこの取材を通して、たくさんの友人を得ることができたから。

故郷に大切な人たちがいる、それだけであたたかな思いが心に灯ります。

 

一つ、大切な仕事をやり終えました。

さあ、今から、次に向けてスタートします。

大切な思いがたくさんつまった本です。

読んでいただけたら、とてもうれしいです。泣きます。

集英社インターナショナルより、2月24日発売です。
実は「オビ」にメッセージを書いてもらおうと、担当編集者はジュリーにお願いしてくれたそうです。すると「自分は歌だけで表現したい」と。さすが、ジュリー! 嬉しい出来事でした。

 

 

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黒川祥子

黒川祥子

東京女子大学史学科卒業。弁護士秘書、業界紙記者を経てフリーに。
主に家族や子どもの問題を中心に、取 材・執筆活動を行う。
2013年、『誕生日を知らない女の子 虐待~その後の子どもたち』(集英社)で、第11 回開高健ノンフィクション賞受賞。
他の著作に『子宮頸がんワクチン、副反応と闘う少女とその母たち』(集英 社)、橘由歩の筆名で『身内の犯行』(新潮社)ほか。
息子2人をもつシングルマザー。

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