虐待の連鎖

昨日は1年半ぶりに、『誕生日を知らない女の子』の、

たった一人の大人の主人公、沙織さんに会うことができた。

彼女と初めて会ったのは、5年以上前になる。

とはいえ、沙織さんは昨日、「もう10年ぐらいになるんじゃない?」と言う。

違うってばよ(ちょっと、NARUTO風に)!

児童養護施設出身者で作るNPOの紹介で、私は彼女と会った。

その時の話は拙著に譲るとして、

それから私たちは何度も会った。そして会うたびに、

彼女が受けた傷のあまりの深さに、私はいつも打ちのめされた。

 

昨日も、「私は養育者が6人も変わり、

誰一人として、まともな大人はいなかった」と彼女。

戦前かと思うほどの「孤児寺」でのネグレクトと使役、

再婚した実父に中学で引き取られてからの6年を、

沙織さんは「地獄」と言った。

継母のヒステリックな虐待、実父の暴力、

継母が出て行ってからは実父からの性的虐待。

 

それでも沙織さんは力のある子だから、

高校時代も社会人になっても「演じる」ことはできた。

明るく、ひょうきんでいいとこのお嬢さんを。

綻びが見えたのは、子どもができてから。

長女は高機能自閉症という発達障害をもつ、育てにくい子だった。

 

とにかく寝ない、キーキー癇癪を起こす。

4歳で弟が生まれてからは乳飲み子の世話が重なり、

扱いにくく全く寝ない長女に翻弄され、

沙織さんはヘトヘトに弱っていく。

慢性の睡眠不足に出口は見えない。

頼れる身内は誰もなく、夫も耳を貸さない。

「歩いた」、「誕生日だ」、成長の節目節目にフラッシュバックが彼女を襲う。

「誰が私が歩いたの、喜んだ? 誕生日なんか、なかったわ」

長女への止まらない暴力、激しい自殺念慮……。

もうダメだと、彼女は児相に電話をした。

「私、今、半殺しにしてます」

それは、精一杯のSOSだった。

だけど、児相は何もしてくれなかった。

死にたいと飛び込んだ心療内科から児相へ通報、

「私は誰かの助けがあれば、叩きませんから」と懇願したのに、

子ども2人は一時保護、沙織さんから引き剥がされた。

 

沙織さんのように密室育児で追い詰められ、

衝動的にわが子に手を上げてしまう母が今もたくさんいる。

育ててもらった経験も、愛情をもったハグも知らないまま母親になる女性も少なくない。

だけど沙織さんが言うように、そこに何らかの「助け=支援」があれば、

児相によって子どもと引き離されずにすむ母はきっと、いっぱいいる。

その助けとは、母親を決して一人にしないこと。

たとえば大阪・西成の「こどもの里」や「山王こどもセンター」のように、

親子そろってかけこめる場所が、地域にあれば。

そこに本当に信頼して、苦しさを打ち明けることができる人がいれば、

沙織さんのように極限まで追いつめられることはないだろう。

そんな場所を作りたいと、沙織さん。あるいは施設の子たちを支えたいと。

沙織さんは会った当時から、自分の苦しみに呻吟しながらでも、

社会的養護の場で生きる子どもや、虐待してしまう母の苦しさを思っていた。

なにか、自分がそのためにできることをやりたいと。

 

昨日、彼女は言った。

「自分で律するしかないとわかったんです。

叩くことはよくないとずっと思っていた。でもいつだったか、

もう、これはしょうがないと諦めたんです。

だって、私、こんな生い立ちなんだからって。

でも、それじゃいけない。私は、虐待の連鎖を止めたい。

私で終わらせたい。だからもう絶対に、長女に手をあげないと」

 

なんかもう、いつも私は何もできないことは自覚しているんだけれど、

心に大きなトラウマを抱え、精神科の薬も手放せないのに、

沙織さんは母親から渡された「負のバトン」を、

自分自身の手で葬ることに決めた。

そんな沙織さんに感動せずにはいれなかった。

人間って、なんてすごいんだろうと。

私には想像を絶する苦しみの果てに、

彼女自身がつかんだ地平だった。

 

虐待の連鎖を食い止めるには、どうしたらいいのだろう。

田奈高校の取材で私は一つ、大事なことを知った。

ネグレクトや身体的・性的虐待でまともな愛情を知らずに育った子が、

妊娠し、高校を中退する。

そこから、どんな未来が見えるのか。

誰もが、お決まりの「その後」を想像するに違いない。

だけど、その子たちは今、

若年の母だけれど愛情をもって子どもを育て、

手料理が存在しない家で育ったというのに、

料理の写真を教師に送ってくるという。

 

なぜ、彼女たちは「負のループ」を断ち切れたのか。

もちろん教師たちがチームを組んで、彼女たちが子育てできる社会的環境を、

二重三重に作っていったことはとても大きい。

でも何より大きいと思うのは、

信頼できる大人に出会ったということだ。

彼女たちは、田奈高校で初めてそのような大人に出会い、

その大人から愛情をしっかりもらい、自分を受け止めてもらえた。

その体験があったからこそ、

彼女たちは自分の母とは違う道を歩んでいると私は思う。

 

それは、親でなくていい。親からもらえなくたっていい。

むしろ、ひどいことをされたのなら、

それは親だって、切っていいと私は思う。

親に限らなくていいが、人間には他者からきっちり愛され、

認めてもらう経験が絶対不可欠なのだと思う。

それがあれば、すなわち、心の中に戻っていけるあたたかな場所があれば、

ちゃんと人は自分の足で、前に進んでいけると思うのだ。

 

別れの改札で、沙織さんが私に抱きついてきた。

小柄な彼女の身体を、私は力いっぱい抱きしめ、

「また、会おうね!」と手を振った。

 

沙織さんとの念願の場所。2人で腕を組んで、わくわくしながら角を曲がった。妙齢の女将のかよ子さんが「あらあ、随分、久しぶりじゃない。なんで、こんなにこなかったの」と私たちに。「ずっと、着たかったんです!」と2人で。

 

 

 

 

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黒川祥子

黒川祥子

東京女子大学史学科卒業。弁護士秘書、業界紙記者を経てフリーに。
主に家族や子どもの問題を中心に、取 材・執筆活動を行う。
2013年、『誕生日を知らない女の子 虐待~その後の子どもたち』(集英社)で、第11 回開高健ノンフィクション賞受賞。
他の著作に『子宮頸がんワクチン、副反応と闘う少女とその母たち』(集英 社)、橘由歩の筆名で『身内の犯行』(新潮社)ほか。
息子2人をもつシングルマザー。

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